LaLaDX 2006年7月号(2)
●今までやわらかい衣に包まれていた気持ちが、全部むき出しでぶつかり合う。斎藤けん「花の名前」はそんな展開。願いや望みのはかなさ。みんなのせつなげな苦しそうな表情が、そのはかなさに疲れているのに、それでも、どんなに苦しくても願うからこそそれは叶うのだという確信が、ラスト近く蝶子さんの、ある意味ぞっとするような表情に現れています。
●固く光る石の向こうにある本当の想いは、誰も見られない。紫臣「結晶王」は、呪いのせいで半身が結晶になった不死の王と、その孤独の城に足を踏み込んでしまった娘のお話。重苦しい呪いと孤独の雰囲気が、画面から伝わってきます。だからこそ、その果てにある、かすかな、かすかな喜びが輝いてみえるのです。
●でも、本当の重苦しさは、どこでもない世界じゃなくて、ぼくらのすぐ隣りに、いくらでも転がっている。橘裕「かな、かも。」は新作。ぼくらのすぐ隣りの、よくありそうな仲間はずれの構図と、たぶん、ほんのすこしだけ普通から外れたキャラクターが何人か。そこに騎士を配して少女マンガになるわけだけど、騎士が必要となる状況が、やはり、遠いどこかの世界よりも怖い。
●LMS受賞作から。宇留野あや「橙の燃える日」は、メガネ少年パターンのバリエーション。なんだけど、大胆にも、ある「失敗」に焦点をあてて、きれいに物語をシンメトリックなまでに切断した構成がかっこいい。モノローグが醸し出す雰囲気もいい感じ。大事なシーンで見せる逆光と、夕暮れの長い日差しにも、はかなげな空気を感じます。
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